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月夜の晩に… 5

日が沈み、そろそろ夜の闇がその影を強くしようかという時刻になり、藤姫はあかねの部屋の前で立ち止まった。
手には大事そうにフロシキ包みを持っている。
あかねを訪ねてきたはいいが、入りかねている。
(どうしましょう。こんなことを言ったら神子様に嫌われてしまうかしら)
フロシキ包みを握りなおし、入り口を行ったり来たり歩き始める。
「藤姫、そんなところに居ないで中に入ってきたら?」
部屋の中から聞こえてきたあかねの声に大きく体を震わせ、また入り口の前で止まる。
「神子様、気付いていましたの?」
中から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「人の気配にそこまで鈍感じゃないよ。何か言いたいことがあるんだよね。入ってきて」
一瞬戸惑ったが、覚悟を決めて藤姫は部屋へと足を踏み入れる。
「失礼いたします」
「いらっしゃい、藤姫。鷹通さんの様子はどう?」
つい先ごろまで、張り切って付き添ってた藤姫の姿を思い出すだけでも顔が緩む。
「はい、薬も効いてきたみたいですし、一時的とは思いますが熱も下がっています。辛さが和らいできたのか夕刻前にはお休みになりましたわ。」
「じゃあ、思ったよりも早く元気になってくれるかもね」
うれしそうに言うあかねに藤姫は一枚の絵を差し出す。
「なに?」
びっくりしながら受け取り、絵を見てみるとどことなく藤姫に似た綺麗な女の人が描かれていた。
「これって藤姫のお母さん?」
藤姫が無言で頷き、あかねの側に座りフロシキを広げる。
中には純白の綺麗な着物が納められている。
「神子様、こんなお願いしても大丈夫でしょうか?」
かなり真剣に聞いてくる藤姫に「大丈夫だよ」って言ってあげたいのはやまやまだが、
(大丈夫じゃないだろうな)
絶対に。
(いくら鷹通さんが優しくても、純白の花嫁衣裳は着てくれないだろう)
あかねはもう一度絵を見る。
優しげ気に微笑むその姿は確かに鷹通と雰囲気が似ている。
(大人びてはいてもまだ10歳だもんね、藤姫は)
亡くなった母の面影を見つけてしまえば、その思いをなかなか止められない。
「これは藤姫だけが着ていいものだよ。他人が簡単に袖を通していいものじゃない。今は大切にしまっておこうね。」
そう言われてしまえばこれ以上わがままは言えない。
「わかりましたわ。」
すごく寂しそうに応える。
藤姫自身すぐに実行しないであかねに相談に来るところを見ると、わかっていたのかもしれない。
ただ、あきらめるきっかけが欲しかっただけなのだろう。
「神子様、ありがとうございます。」
いつもの笑顔に戻った藤姫をみて、あかねは安心する。
「鷹通さんは藤姫一人でも大丈夫そうだし、明日は少し遠出してきてもいい?」
少しでも長く藤姫がお母さんとの思い出に浸れるように。
「それが駄目なのです。明日は神子様の物忌みの日なので、外にはお出にならないでください。」
さっきまでの年相応に見えていた藤姫が急に大人びた感じで言う。
さすがに星の一族としての使命感は何においても最優先らしい。
「物忌みかぁ。でも今は八葉の人を屋敷の奥にまで入れないほうがいいよね」
(鷹通さんのこともあるし)
「そうなのです。本来八葉のどなたかと過されるのがよろしいのですけど…」
(奥の部屋には鷹通殿がいますからね)
万が一を考えると、下手に人は呼べない。
「私が鷹通さんのところに行って、一緒に過すのは大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。この屋敷からお出になるわけではないので。」
「じゃあ、そうしよう。そのほうが見張れるし。」
「はい、ではその旨お伝えしておきますわ。そろそろお薬を飲んでいただかなくてはなりませんし今日はこれで失礼いたします。」
丁寧にお辞儀をして出て行く藤姫をあかねは少し考えてから呼び止める。
「待って、藤姫。私もついていっていい?」
急に不安を覚えてしまい、どうしても確認しておきたかった。
(まさか十二単の髪飾り付で寝せられたりしてないよね…)
花嫁衣裳まで着せようと悩んでいた藤姫にかなり不安が募る。
「?かまいませんわ。では、参りましょうか。」
フロシキ包みを持ち、前を歩く藤姫に続いて部屋を出ると、大きな満月が見える。
雲がない綺麗な星空に浮かぶ眩しい月。
ネオンやら街灯の光に慣れているあかねにとっては感動ものの月夜だ。
京にきて幾日にもなるがこんな夜は知らない。
「すごい」
「神子様?」
呟きが聞こえ、振り向いた藤姫は月から目が離せなくなっているあかねを見付ける。
「本当に今日は綺麗な月夜ですね」
満月は隠れてしまうのも早い。
今だけの景色。
「神子様、早く鷹通殿の部屋に参りましょう。あの部屋はもともと池に映る月を愛でるために造られた部屋なんです。この屋敷で最も美しい月が見れますわ。」
空を見上げ惚けているあかねを引っ張り薬を取りに行く。が、
「お薬でしたらもう運んでもらいましたわ、橘少将様に。」
あっさりと告げる女房頭。
一瞬にしてあかねと藤姫の顔から血の気が失せる。
「何で友雅さんに薬を運ばせちゃうんですか?じゃなくて、友雅さん来ているんですか?」
混乱した頭で尋ねてしまう。
本当は一刻も早く鷹通の元に行った方がいいのだろうがそこまで考えがいかない。
「橘少将様は前に殿とあの部屋で月見をして以来よく美しい月夜には訪ねてこられているんです。先客がいらっしゃると言ったら一緒に愛でると申されてお薬も一緒に運んでいただいたのです。」
あかねは藤姫を見る。
「知ってた?」
藤姫は懸命に首を振る。
「月夜にこっそり訪ねてこられるとは小耳に挟んでおりましたが、どこかの女房の部屋に行っているのだと思っておりましたわ」
あかねはもう泣きたくて仕方がない。
(10歳の子供にまでこう思われている友雅さんって一体)
「確かに少将様は女房を訪ねて来ることの方が多いですが、今あのお部屋にいらっしゃるのは同じ八葉の方なのですもの、大丈夫ですよ」
(さらりと藤姫の話を肯定しているし…、鷹通さんゴメン)
心の中であやまり倒すしかない。
「神子様」
急に何かを思いついたかのごとく、藤姫が震える声で呼ぶ。
「今の鷹通殿を見て、友雅殿はすぐに誰だかお気付きになるでしょうか」
(無理だろうな)
「鷹通殿は、素直に自分だと告げるでしょうか」
(告げないだろうな)
「むしろ、逃げてしまわれるのではないでしょうか」
(たぶんね)
「動ければよろしいのですけど…」
あかねの血の気はさらに失せる。
「友雅殿って紳士ですよね?」
(私に尋ねないで)
「鷹通さん〜」
あかねは方向転換してすごい勢いで走り出した。
藤姫は手に持つフロシキを女房に渡し、あかねの後を追う。
その顔は誰よりも青ざめており、女房が自分の考えなさを深く反省するほどだったと言う。

つづく